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沖縄の苦難、平和の尊さ、国民への感謝……天皇陛下が涙をこらえて語った11のこと(BuzzFeed Japan)

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沖縄の苦難、平和の尊さ、国民への感謝……天皇陛下が涙をこらえて語った11のこと
[元記事]
天皇陛下は12月23日、85歳の誕生日を迎えられた。これに先立って、12月20日に記者会見が開かれ、宮内庁が動画を公開した。【吉川慧 / BuzzFeed Japan】【動画】涙をこらえて記者会見する天皇陛下(ノーカット)2019年4月末の退位を踏まえ、会見ではこの1年を振り返るとともに、皇太子時代から現在までの歩み、先の大戦を踏まえた平和への思い、沖縄がたどった苦難の歴史や自然災害などについて言及された。
その上で、今日までの天皇としての務めを「旅」と表現し、国民と皇后さまに向けて感謝のお気持ちを述べられた。
会見はおよそ16分間。天皇陛下は時おり感極まって涙ぐみ、言葉を詰まらせ、声を震わせる場面もあった。在位中としては、今回が最後の会見となる見通し。
以下、会見全文を紹介する。

この1年を振り返るとき、例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。
集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。
新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。
命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が1日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。
ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは、昭和34(1959)年、昭和天皇の名代として、伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。

今年も暮れようとしており、来年春の私の譲位の日も近づいてきています。
私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました。
譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら、日々の務めを行っていきたいと思います。

第二次世界大戦後の国際社会は、東西の冷戦構造の下にありましたが、平成元(1989)年の秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦は終焉を迎え、これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。
しかしその後の世界の動きは、必ずしも望んだ方向には進みませんでした。
世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し、また、テロにより多くの犠牲者が生まれ、さらには、多数の難民が苦難の日々を送っていることに、心が痛みます。
以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました。

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