あなたの英語学習方法ではネイティブに伝わらない。
ネイティブに間違えられてしまう方法。それは英語リズム
スポンサードリンク

「観光の切り札に」「史実と違う」…尼崎城(読売テレビ)

スポンサードリンク

「観光の切り札に」「史実と違う」…尼崎城
[元記事]
 尼崎はいま、勝どきを上げるかのようにお祭りモード。いたるところに、その呼び水となっている「城」が…。「こんなに立派になるとは思わなかったんで、凄く活気づくと思います」「観光資源としてもいいんじゃないかと思う」「このへん良くなるんじゃないの。お城ができたら。尼崎ってあんまりイメージ良くないから」。
 工業都市のイメージが強い兵庫県尼崎市。その街に、平成の終わりに姿を現したのが「尼崎城」だ。新たなランドマークとなるだろうか。天守閣の高さは約25メートル。工事もほぼ完了し、30日、市に寄贈される。
 内部には、VR(バーチャルリアリティ)で江戸時代の城下町を体感できるシアターを設ける予定。来年春に一般公開されることになっている。
 これまで観光協会の組織すらなかった尼崎市は、これを機に観光局を設立。あまがさき観光局の味田綾乃事務局長「観光振興のシンボルと思いますが」。もともと、この街に尼崎城は実在していた。築城は江戸時代の初め。「大坂夏の陣」で豊臣方が大阪城を追われた2年後に、徳川家の家臣・戸田氏鉄によって建てられた。江戸時代に入り、平和が訪れたはずだったが、西日本には依然として豊臣方の大名が数多く残っていたため、この大名を牽制し、大阪城に入った徳川家を守るために、尼崎城は作られたのだ。ただ、明治6年の廃城令で取り壊しに。石垣も港の埋め立てに使われたとも言われ、全く残っていない。
 しかし、一昨年、市政100周年を迎えた尼崎市が、公園の整備計画を練る中、旧ミドリ電化の創業者・安保詮さんが「創業の地に恩返しをする」ため、私財10億円以上を投じて天守閣を再建し、市に寄贈すると提案した。安保詮さん「城には全然興味がない」「子どもとか学生とか一般の人が、この規模の城がここにあったということを感じてもらうだけでいいと思います」。
 こうして、財政難に苦しむ尼崎市が大きな援軍を得て、尼崎城の再建計画がスタート。しかし、この城には大きな弱点がある。それは“史実との違い”。もともと、城があった場所は現在の明城小学校の敷地だが、再建されたのは、そこから北西に約300メートル離れた全く違う場所。また、城の周囲にある石垣や城壁も1992年以降に再現されたもので、「お城好き」の心をくすぐる当時の遺構は残っていないという。
 これには城マニアも…。関西城郭研究会の高森雅己さん「外観は素晴らしいし、昔のものが復興されてるから」「いろいろお城を回ってますけど、大体史実に基づいたところに建てられて、それによって周りを修復、整備されてるから」「古い城を見てきた我々にとっては、ちょっと違和感っていいますか、残念って気持ちはしないでもない」。
 市の試算では、尼崎城の運営費として年間1億円ほど必要だが、市は年間15万人と想定している来場者の入場料などで賄う予定にしている。市民の声「(Q場所が違うことは?)いいんじゃない。そんなこと。シンボルとして作ってるんだから」「(Q15万人も来るか?)ちょっとよくわからないねえ。最初はやっぱり来られるでしょうけどね」。
 築城400年を迎え、145年ぶりに再建された「平成最後の城」は、外国人なども呼び込む観光の切り札となるのか。あるいは新たな財政の重荷になるのか、行方が注目される。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク