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中居正広、SMAP再結成「ゼロではない」…解散が「正しかったのか」3年間自問自答(スポーツ報知)

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中居正広、SMAP再結成「ゼロではない」…解散が「正しかったのか」3年間自問自答
[元記事]
 タレントの中居正広(47)が21日、所属するジャニーズ事務所を3月末で退所することを発表した。この日、テレビ朝日系「中居正広のニュースな会」(土曜・正午)の収録前に東京・六本木の同局で会見し、19日に個人事務所「のんびりな会」を設立したことを明かした。
 退所理由については、16年末のSMAP解散後の「燃え尽き症候群」からの脱却などを挙げた。17年9月に退所した稲垣吾郎(46)、草ナギ剛(45)、香取慎吾(43)の3人が“在籍”する「新しい地図」への合流については完全否定した。
 SMAP解散から3年。中居は、14歳で門をたたいてから30年以上も所属したジャニーズを離れる決断を下した。
 軽妙なトークで記者を笑わせつつ、悩み抜いた胸中も正直に話した約2時間の会見。退所理由を「燃え尽きじゃないですけど。10代20代の頃のようなギラギラして“よだれ”が出ている感じは、解散してから、いつ湧き出てくるものなのか。自然と出てくると思ったけど『よし、次!』とならなかった。今までお世話になった会社を辞めてでも、環境を変えなければと思ったのが正直な要因の一つ」と吐露した。
 解散を引き金に当時も独立を模索しつつ、自問自答を続けてきたという。解散について「決断、判断が正しかったのか間違ったのか。この3年の間で同じようなことを繰り返し考えることはあった」と苦悩もにじませた。「SMAPのブランドで好き勝手やってきたけど、そんなに努力を重ねてきたわけではない。解散して、自分のメッキが剥がれてきた。薄々ばれてきているのも感じた」。もう一度、勝負するための決断だとした。
 独立の意向を初めて事務所に伝えたのは「昨年5、6月」。時を同じくして前社長のジャニー喜多川さん(享年87)が病に倒れ、7月9日に息を引き取った。当初は昨年内で、と考えていたようだが、話し合いが伸び、このタイミングになったという。会社を設立した今月19日は、父・正志さん(15年死去、享年79)の命日だった。この日、ポケットの中にジャニーさんの遺骨の一片をしのばせた。
 何かが決まっていて、独立を決めたわけではない。「山があって向かっていくわけじゃなく、今は山すらない。僕の中で、エンターテインメントは1%から99%の中での模索。その振り子の中で模索しながら」と告白。先に退所した稲垣ら3人との共演、またSMAPの再結成について「1%から99%の中。0ではないし、100%ないとはいえない。もちろん1人でできることではないし」と持論の中で可能性を消すことはなかった。
 独立は、全て自分一人で決めたという。「時として後悔と分かっていても飛び込まなくちゃいけない瞬間が人生に一、二度あってもいいと思えるようになった。しっかり後悔を受け入れることも大事」。それは解散したことにも通ずる。過去を受け止めながら「SMAPの」ではなく「中居正広」として、また輝くための決断。「今までジャニーズ事務所という大きな傘の下で守られていたけど、これからは雨が降っても風が吹いても自分の傘しかない」。まだ事務員一人もいない、たった一人の個人事務所で新たな一歩を踏み出す。
 ◆稲垣・草ナギ・香取との合流否定
 中居は、稲垣ら3人との合流について「選択肢になかった。1人でやってみよう、と。将来の共演は“1から99”かもしれませんが」と否定した。昨年7月、3人を民放テレビ局へ出演させないよう圧力をかけた疑いがあるとし、ジャニーズ事務所が公正取引委員会から注意を受けたことが明らかに。その3人の現状について「みんな頑張っているし、自分たちの好きなことをやられているので、心配はない」とした。
 木村拓哉(47)を含めた4人には、会見前日の20日にメールで報告したという。反応について「返事が来ないのもあれば、のんきな内容も。(草ナギ)剛くんは返事が1行ぐらい。何だこれ、って。返事は半分、半分は来ていない。(誰かは)想像に任せます」と明かした。
 残留する木村に「歌も芝居も自分の好きなことができていると思う」とする一方、解散後に会ったことは「全然ない」。一部で木村のソロライブを訪れたと報じられたが「あんまり大きく否定するのはあれですが、行っていません」と語った。

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